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一般例会No.98 熊野古道・藤白峠越え 例会記録 |
概要 | 『鬱蒼とした杉林、振り返ると和歌の浦が望める藤白の坂。 悲劇の皇子・有間の皇子伝承の地。 熊野古道シリーズ第3弾です。』 |
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日時 | 2007年2月25日(日) | |
天候 | 曇り | |
担当 | 紀伊埜本、奥中、ゲスト講師 野口秀也 | |
集合 | 7:35 JR天王寺駅乗車位置中央付近集合 (7:48発関空快速に乗車) | |
行程 | JR海南駅〜一の鳥居・祓戸王子跡〜「藤白墨」製墨跡〜鈴木屋敷〜藤白神社・藤白王子跡〜有間皇子の墓〜 筆捨て松跡〜藤白峠・塔下王子跡〜阿弥陀寺・橘本王子跡〜土橋跡〜橘本神社・所坂王子跡〜山路王子神社・ 一壷王子跡〜蕪坂の難所〜拝ノ峠〜蕪坂王子跡〜太刀の宮〜爪書地蔵〜山口王子跡〜伏原の墓〜JR紀伊宮原駅 | |
参加者 | 横山、堀木、神阪夫妻、青木、紀伊埜本(博)、高木(恵)、田中(智)、柴田、岸本、中川(雅)、欅田、山田(春)、 安本夫妻、横内、板谷、畑山、小椋 ・・・・・計22名 |
![]() 9:42 JR海南駅で打ち合わせ中。 |
![]() 9:58 熊野古道へはいる。 | ||||
![]() 10:08 途中にある鈴木屋敷の案内板。 日本の鈴木姓の元祖とのこと。 |
![]() 10:12 藤白神社に到着 | ||||
![]() 10:15 聖皇三代重石 平安朝時代 宇多、花山、白河 三上皇の熊野御幸を記念して建てられたもの。 和歌山県でも稀な記念塔です。 |
![]() 10:17 有間皇子神社の横から阪和自動車下をくぐる。 | ||||
![]() 10:29 ここから藤白坂の登りが始まる。 |
![]() 10:53 美しい竹林の中の急坂を登る。 | ||||
![]() 11:08 丁石地蔵(十七丁) |
![]() 11:11 重文・地蔵峰寺本堂、塔下王子に到着 | ||||
![]() 11:16 御所の芝 白河上皇が熊野御幸の際の仮泊の御所。 ここからは素晴らしい景観!!遠くには淡路島も見える。 |
![]() 11:47 ミカン畑の中の急坂を下り橘本王子跡へ到着 | ||||
![]() 11:58 所坂王子に到着。 |
![]() 11:59 橘本神社で昼食中 | ||||
![]() 12:54 山路王子神社 ここから蕪坂峠まで急登となる。 |
![]() 蕪坂峠(拝ノ峠)までコンクリート舗装の 更に急登を経て、13:39 峠着 一休み中。 | ||||
![]() 14:00 蕪坂塔下王子跡 周辺の案内図です。 |
![]() 14:17 爪書地蔵です。 | ||||
![]() 14:35 峠から急坂を下りきった所にある山口王子 |
![]() 14:52 伏原の墓 昔、熊野詣や西国巡礼の途中不幸にして 病に倒れ、故郷に帰れなかった人のお墓です。 | ||||
![]() 15:25 JR紀伊宮原駅着 その後15:32発に乗車帰阪する。 |
野口講師の一口解説 熊野古道とは 平安時代に熊野信仰が高まり、皇族や貴族が熊野三山参詣に利用した 道筋。京都から淀川を船で下り、摂津の窪津(現在の大阪・天満橋付 近)に上陸して、紀伊路を南下して和泉から雄ノ山を越え、紀ノ川を 渡り藤白峠、蕪坂峠(拝ノ峠)、糸我峠、難所の鹿ケ瀬峠(一般例会 No.81)を越え、紀伊田辺から中辺路を経て、熊野大社に至る、 「御幸路」に代表される道筋を熊野古道と呼んでいた。平成16年7 月に「紀伊山地霊場と参詣道」が世界遺産に登録されてから、御幸路 の他に「大辺路」「小辺路」「大峰奥駆け路」「東熊野街道(伊勢街 道)」等々を含めた古道を指し、現代に至りこれら街道の全てを「熊 野古道」と呼んでいる。 詳しくは野口氏の著書「世界遺産・熊野古道を歩こう」をお読み下 さい。 http://www.creatorsworld.net/pdf3/4-7974-6687-1/060407.jpg | ||||
予報どうりの小寒い一日でした。熊野古道も近郊の日帰りコースでは、昔の趣を味わうには かなりの想像力が必要です。振り返ると和歌の浦が望めるとある藤白の坂も、今は海南のコン ビナートが眼下に横たわります。でも、かって巡礼の旅人達は何を思い、何を語り、この峠道 をあえぎ歩んだか・・・ 古道の赴きとはそういうものかもしれません。 次回から一泊二日コースが続きます、ご期待下さい。 (記:紀伊埜本、写真:奥中、板谷) |
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