一般例会No.154 旗倉山(490m)と七望(ななつぼう)流蕎麦道場(天野山金剛寺) |
例会記録 |
概要 | 『旗倉山(滝畑)と横谷を巡るハイキングのあと、七望流蕎麦道場で永井指南役(E.P.E.メンバー)の蕎麦打ちを 見学、賞味します。季節柄、金剛寺はさくら満開、花見もかねて優雅に・・・。新企画のシリーズです。』 |
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日時 | 2009年4月5日(日) | |
天候 | 晴れやや花曇り | |
担当 | 紀伊埜本節雄、柴田弘子、ゲスト指南役:永井文雄 | |
集合 | 河内長野駅前、滝畑ダム行バス乗り場 8:40集合(9:04発乗車) | |
行程 | 河内長野(バス)9:04発⇒中日野〜旗倉山〜扇畑谷乗越〜横谷〜滝尻⇒(バス)日野口〜金剛寺 (PM3時頃、蕎麦打見学と花見)⇒(バス)河内長野 PM6:30解散 | |
参加者 | 畑山禮子、辻角ますみ、紀伊埜本博美、奥中種雄、欅田克彦、仙谷経一郎、横内まみね、西田保、山田春雄、 宮平良雄、和田敬子、上原進一、杉本栄子、山本洋、齋藤容子、吉田伸寛、岡本佳久、三浦清江、柴田友宏、 津川洋子、小椋美佐、大西征四郎、大西恒雄、青木義雄、山下登志子、磯辺秀雄、西村美幸、三木敬子、 板谷佳史、横山寿夫、大谷裕昭、加福輝之、堀木宣夫 ・・・ 計35名 |
バス停 中日野9:30着 一台のバス から溢れんばかりに降りてくるメンバー 残る乗客はわずかだった |
総勢35名 登山口まで10分ほど 田舎道を三々五々歩む |
登山口にて今日の行程を説明 天気 は良さそうだ 今日こそゆっくり歩き ましょうと宣言する | |||
気持ちのいい雑木林のなか メンバーが延々と続く 今日一日 人っ子ひとり出会わなかったのは幸いだ |
廃道近くなった登山道は 落葉がいっぱい 厚い絨毯を踏みしめる様な心地好さだ | ||||
国土地理院の地図には旗倉山の標高も 山名も無い 誰が懸けたか私製の標識 に わずかな趣きがあるのが救われる |
山頂の北側に廃棄されたヘリポートがある バブル絶頂期に建てられた別荘の廃屋もある ここが 阿太庫城跡と思われる処だ |
平安末期から戦国初期にかけて激動の 日々を眺めてきたであろうこの地で なごやかな昼食を味わう | |||
尾根筋から扇畑谷の下りが少し荒れている |
これもまた変化があって楽しい |
PM1時過ぎた頃 横谷の林道に出る | |||
滝畑ダムの下に着く バス停滝尻にPM2:23分に 来るバスまで少し時間がある 遠目に凹状に見えるのが 猿子城山 その左奥にやや高くあるのは上山と見た 上山の名の由来は多分これだろう 思わぬ収穫である |
女人高野天野山金剛寺に着いた 大門から溢れる桜花に 迎えられる 南北朝時代 両朝の天皇がある時期この地 に同居されていたとは 我が世代では学ばなかった史実 である 太平記を読みたくなったのはこれが契機だった | ||||
白壁の中が後村上天皇の住い 行宮は別にある 機会があれば ぜひお庭を拝見されたい 質素ななかに 優雅なたたずまい じっと座っているだけで癒される |
七望流蕎麦道場 蕎麦打ち道に精進するアマチュア団体 の道場 売物は一切ない ただただ蕎麦打ち一途に邁進 する道場 | ||||
永井指南役の見事な手捌き 大阪を代表 して全国大会に出ているという |
横に立つは七望流会長 その解説付の 見学となる 捌く包丁も鮮やかだ |
一分のすき無く仕上がった蕎麦 こんな美しい手打ちは始めて見た | |||
永井指南役から蕎麦作法に付いて指導 を受ける 要は美味しくいただくこと 安心する 品格は自ずから具わるという |
2階の大広間に案内される 35名は いかにも多い 固唾を呑んで食べ始める |
窓には満開の桜花 枝振りが部屋まで 届きそうな華やかな風景 いいですね 七望流蕎麦道場の詳細については こちらを参照願います。 | |||
軽いハイキングのあと、何か美味しくて珍しいものに出会いたい。そのうえ粋で優雅で、さらに我らが |
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