一般例会No.156  高野山・町石道 例会記録
概要 『高野山へ新緑(新芽)が鮮やかな表参道を歩こう。』
 
日時 2009年4月29日(水・昭和の日)
天候 快晴
担当 大西征四郎、板谷佳史
集合 南海難波駅中央改札口付近 7:00(7:12発 橋本行き急行に乗車)
行程 難波(7:12)⇒橋本(8:02着、8:06発 極楽橋行き普通に乗り換え)⇒九度山駅(8:17)〜慈尊院〜展望台
〜六本杉峠〜地蔵堂〜笠木峠〜展望台〜高野山大門〜千手院橋⇒高野山駅
参加者 寺島直子、黒澤百合子、岸本久仁雄、辻角ますみ、安本嘉代、堀木宣夫、近藤さとみ、宮平由紀子、畑山禮子、柴田弘子、
笠松マサヱ、青木義雄、奥中種雄、安本昭久、豊西文一、西村美幸、仙谷経一郎、寄川都美子、横内まみね、山本洋、
岡本佳久、吉田伸實、齋藤容子、加福輝之 ・・・ 計26名
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8:25 九度山駅前で出発準備。 
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8:41 途中、真田庵に立寄る。 
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8:42 180町石のある慈尊院で
改めてリーダーから今日の予定説明。 
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9:42 柿畑の中を登ると、眼下に
紀ノ川の流れが広がる。 
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10:07 ようやく畑の中の
車道が終わって山道に入る。 
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11:05 六本杉峠に到着する。 
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11:48 二ツ鳥居に到着、ここで昼食。ここは
120町石付近なのでまだ1/3しか来ていない。 
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二ツ鳥居からはのどかな天野の里が見下ろせる。
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15:34 矢立峠を過ぎ、五十町坂を
登ると弘法大師の史跡が点在するが、
この頃になると疲れも出て、町石の数が
減ることだけが楽しみになってくる。
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16:41 高野山大門前に登り着く。
鳥居は弁天岳への登り口、ここには、
7町石が建っている、あとわずかだ。
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皆ホッとした表情で大門をくぐる。
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16:51 根本大塔手前の柵の中にある
1町石、いよいよゴールです。
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16:52 壇上伽藍の桜に迎えられる。 
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16:54 朱色が鮮やかな根本大塔に到着し、疲れも
吹き飛ぶ。このあとバスで高野山駅に出て、解散。 
     

 高野山町石道は高野山参詣の祈りの道、癒しの道で弘法大師空海によって開かれた、慈尊院からの参詣道で、
木造の卒塔婆が建てられ高野山への道標であったが、年数を重ね朽ち石造り五輪塔形の町石が20年の歳月をか
けて1285年に完成した。この180基を探しながらの山行である。
九度山駅を下車したのは2パーティで静かな山行と思われた。丹生官省符神社石段の180町石に完歩の願い、
歴史に思いをはせながら 快晴気温15度と天も我々を味方にしての出発となった。新緑が鮮やかな柿畑を左右
に見ながら、急な上りも快くこなし、紀ノ川、紀泉高原の眺めと新緑を楽しみながら足が前に進む。手が入った
杉林の中を、時々鳥のさえずりを聞きながら雑木林を、じゅうたんを敷き詰めた様な落ち葉に額の汗を落としな
がらの快い山行である。渓流沿いから急な木段を越えて高野山大門に到着、さすがに人の数が違う。180町石
と4里石全て見つけることが出来なかった。しかし老若男女が22キロメートル完歩した、体力、気力に感謝、
そして町石に感謝。                            記:大西(征)、写真:板谷 

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