一般例会No.213 高野山・女人道めぐりと高野三山(2回シリーズの2回目)例会記録
概要 『シリーズ2回目は前回行かなかった残り五つの女人堂を訪ねます。弁天岳、金剛力士像の大門、弘法大師が
始めて高野山に入った道・大峰口などの女人堂跡を巡ります。』

 
日時 2010年11月7日(日)
天候 曇り
担当 翁長和幸、松本明恵
集合 10:00 南海高野線極楽橋駅
行程 極楽橋〜不動坂〜不動坂女人堂〜弁天岳〜大門女人堂跡〜龍神口女人堂跡〜相の浦女人堂跡〜大滝口
女人堂跡〜大峰口女人堂跡〜中の橋バス停〜高野山駅
参加者 加福輝之、岩本和行、仙谷経一郎、磯辺秀雄、山本洋、齋藤容子、近藤さとみ、横内まみね、小椋美佐、
柴田弘子、寄川都美子、田中智子、宮平由紀子、翁長あい子、青木義雄 ・・・ 計17名
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いざ出発。駅舎の下をくぐる。 10:00
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極楽橋の駅側にあるお地蔵様。
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極楽橋を渡れば極楽があるかも?
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極楽橋の向こう側のお地蔵様。こちらは屋根付である。
お地蔵様にも身分の上下があるのでしょうか
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不動坂にも紅葉が始まったようだ
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不動坂口女人堂。11:00
左側にある木製の「女人堂」案内板にかくれているが、小杉明神
が屋根だけ見えている。ここには越後生まれの小杉という女性が
祭られています。両腕を切り落とされてこの地にやってきた小杉
が、山内に入ることが出来ない女性達のために、後にここに籠も
り堂を建てたとの事です。これが女人堂といわれるようになりま
した。興味のある方は「高野山女人堂由来記・女人堂と小杉姫」
をインターネットで検索して下さい。  大変悲しい物語です。
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不動坂口女人堂から弁天岳へ向かう。
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女人道のほとんどがこのような山道
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弁天岳頂上(984.5m)でランチタイム。11:50
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大門口への途中。見事な紅葉。
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紅葉写真のアップ。
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相の浦口の途中から見た大塔。
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はるか山並みは龍神スカイラインか。
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相の浦口の女人堂跡にあるお地蔵様。13:25
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大峰口女人堂跡。14:40
弘法大師はこの道より高野山に入ったといわれ
ている。ここには明治の中頃まで五大尊堂が
あったとか。その痕跡はまったく感じなかった。
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奥の建物が中の橋駐車場。ここが本日のゴール。
ごくろう様でした。15:10

 ダラダラ登りと聞いていた不動坂ですが、黄葉が始まり案外と楽しいコースでした。このコースは下りに
使うより登りに使ったほうが良いようです。南海電鉄がパンフレットを作って女人道めぐりを宣伝している
ので、女性軍団が押し寄せているのではと覚悟していたのですが、今回のコースでは大門口を除けばたった
一人に会っただけで、静かな女人道を歩く事が出来ました。
 この例会は登山というより歴史をたどるという趣きが強かったのですが、それぞれの女人堂跡はさびしい
というか、無残というのか、時代に押し流されていった女人堂という感じがしてなりませんでした。不動坂
女人堂以外は跡形も何もない処があり、案内板がないと全く判らないというような事になっています。相の
浦口の女人堂跡には小さな石仏が山道の傍らに祀られていました。感慨深いものがあり、ついカメラのシャ
ッターを切りました。もっとも寂しく感じたのが大峰口の女人堂跡です。木立が覆い茂って薄暗く、畳1枚
半か2枚程度のやぶ混じりの空き地になっています。 女人禁制が解かれて100年ぐらいで跡形もなく、
それぞれのお堂は朽ち果てていました。残念なことです。
                                         記、写真:翁長 

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