一般例会No.226 須磨アルプスから一の谷(歴史探訪No.17+プラスαNo.6)例会記録
概要 『源平合戦・義経一の谷の逆落しは有名ですが、その不可思議な伝承を現場に立って
検証してみませんか。帰路は明石の名代「浪花」の蛸料理(冬蛸)を味わいましょう。』
日時 2011年2月20日(日)
天候 晴れ
担当 紀伊埜本節雄、柴田弘子、小椋勝久
集合 阪神梅田駅地階改札口前 7:30集合(山陽姫路行き直通特急 7:45発乗車)
行程 阪神梅田⇒山陽電車・板宿駅〜横尾山〜鉄拐山〜一の谷〜須磨浦公園駅⇒山陽・明石駅
〜「浪花」近くには光源氏が、明石の上のもとに密かに通ったという「蔦の細道」など
がありますが、時間が許せば如何ですか
参加者 畑山禮子、徳平忠久、小椋美佐、安本嘉代、安本昭久、田中智子、横内まみね、内杉安繁、
上原進一、秋田文雄、青木義雄、津川洋子、加福輝之、欅田克彦、杉本栄子、仙谷経一郎、
大西征四郎、寄川都美子、紀伊埜本博美、本郷善之助、川下淳子、和田敬子
・・・計25名
     

山陽電鉄板宿駅で朝の挨拶
お天気は良さそうだ 8:35 
 

住宅街のなか急坂を抜けた台地にある八幡神社
源平合戦の頃は恐らく砦と化したろう 9:00

主尾根に至る登り すがすがしい朝


主尾根上にある東山山頂 北側の山野が見える 北西側は
完全に開発された街 北東側は謎に包まれたひよどり越え

東山山頂から見る横尾山
標高312Mとは思えぬ貫禄 10:00

 
岩尾根を行くアラセブ 背後は東山山頂

10:40横尾山山頂 本日のハイキングでの最高地点
低かろうが何だろうが それなりの区切りがつく

縦走路を避けた小ピークで 昼食中
寒波は緩むとはいえ 休憩中は寒い12:25

鉄拐山(234m)山頂 ミステリアスな名前
果たして 源義経一行はここを通ったのか?12:48

一の谷への分岐点 標識の下半分は英文13:00
毎日曜日には解説つきの案内が開かれているそうだ

O氏の「義経諭」講話中 この小さな広場の向こうから
一の谷の逆落しが始まる だとしたらここで義経主従は
「馬も四つ足 鹿も四つ足」問答を交わしたことになる

Yさんの平家物語序文を聞く 13:35
奢れる者も久しからず 唯春の夜の夢の如し、、、
そのあと「青葉の笛」を聴く しんみり、、、


ここが通称一の谷の逆落としの坂
どうですか 騎馬が下れますか


源平合戦800年モニュメント(須磨公園内)
山と海が逼り 平地の幅はわずか100mばかり
 薩摩守忠度が守る 平家の陣営 激戦の地であり
 忠度はここで最後まで味方を船に逃さんと奮戦した
 
14:00 レトロな須磨公園駅
やや西に平敦盛塚がある 15歳の美麗な少年
笛の名手で持っていた笛『小枝」は祖父忠盛が
後鳥羽上皇から賜ったもので父経盛の手を経て
敦盛に伝えられたものだと言われる

魚棚(うおんたな)と呼ぶんだそうだ
安いか高いか買わなきゃわからんぞ!
威勢のいい掛け声に 思わず手がでる

蛸料理中ばに出た蛸シャブ 16:25
これが旨い 丈夫で長生きしたご褒美か

 

皆さん上機嫌 アラセブに見えますか
またこれで寿命が延びた 結構なことだ

 先週来の寒波も緩み、今日は冬晴れの穏やかなハイキング日和である。出発点の板宿駅(山陽電鉄)から須磨アルプ
スを東から西へ逆周りして、一の谷を下るのが今日のハイキングである。一の谷は鉄拐山(てっかいさん)と旗振山の
鞍部から、須磨浦海岸に向かう小さな谷筋である。源平合戦のハイライト「義経一の谷の逆落し」とは、通説この位置
から劇的な奇襲を企てた義経軍によって、平家軍はいっきに壊滅したとなっている。
 一方、須磨アルプスは遥か東に連なる六甲山脈の西端である。最西端の鉢伏山は塩屋の海岸に直接連なっており、そ
こから六甲山脈を縦断して宝塚に至る50キロの全山縦走は、今や登山者のお株を奪いヒルラン愛好者のメッカとなっ
ている。とは云へ今日の参加者の大半はこの全山縦走の洗礼者である。その頃は、この尾根の南北に拡がる山や海に何
の興味も関心も無かったのだが、今や尾根の一端に立ち、しげしげと眺め、呟き、歴探(歴史探訪)を語るとは笑止千
万だと思う。が、これも時の流れと言うものだろうか、ご容赦願いたい。
 一の谷を望む恰好の場所で、O氏の講話が始まる。題して『源義経像』なかなか聞き応えのある講話である。これで
は今に木戸銭が必要になるだろう。続いて平家軍の陣立てと須磨浦の悲哀に付いて拙論を聞いて頂く、あとに続く歴探
と食探(+α)の時間を計りながらのお喋りで、まだまだ存分に語り尽くしたとは思わない。真打ちはYさんの出番で
ある。平家物語の序文と懐かしい『青葉の笛』の唱歌である。青空のもと情感こもる歌声に、一同我が身を洗われる想
いで聞き入る。記憶をたどりながら唱和した人も多いので、ここに改めて書留めて置きましょう。

平家物語 一の巻の序文            青葉の笛  作詞:大和田健樹  作曲:田村虎蔵

祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり     一の谷の 軍(いくさ)やぶれ   更くる夜半に 門をたたき
沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理を現す     討たれし平家の 公達あわれ   わが師に託せし 言の葉あわれ
奢れる人も久しからず唯春の夜の夢のごとし   暁(あかつき)寒き 須磨の嵐に  いまわの際まで 持ちし箙に
たけき者も遂には滅びぬ偏に風の前の塵と同じ  聞こえしはこれか 青葉の笛   残れるは『花や 今宵』のうた
                       (若武者 平敦盛を偲ぶ詩)   (平薩摩守忠度を偲ぶ詩)

 さて私の企ては更に続く、一の谷の史実は果たしてこの場所での出来事なのだろうか。皆さんをここに誘いながら何
とも不遜なことだが、実は一の谷の在りかは、平家の本拠地 福原の京を直撃できる場所でなければならないと思って
いる。そうでなければ、数で優る平家軍を僅か2時間で壊滅させることなど出来ない。ここ須磨浦は確かに平家陣容の
西の強固な砦に違いないが、平宗盛の本陣、大輪田泊まで7キロも離れているのである。ではその一の谷は何処に在る
のか? 多くの郷土史家の間でも義経逆落しの論争は古くから続いているそうである。私にはそれに加わる知識も教養
もないが、もし何か役立つものがあるとすれば、それは長年培ってきた山歩きの知識と技術だろう。馬が通えるかどう
かはさて置き、人が通えるかどうかの判断や、その場で実際にそれを試し、そこから何かを推論するのは私の得意とす
るところである。
 折しも来年のNHK大河ドラマの主人公は、平清盛だそうである。できればその頃までに、私の勝手な推論を確たる
ものに仕上げたい。例会『一の谷歴史探訪その2』を再度企てますので、その節は何卒ご期待ください。 紀伊埜本記

  プラスアルファー食探訪
 明石駅から歩いて6〜7分に魚棚(うおんたな)商店街があります。蛸料理の店「浪花」はその一角にありました。
魚棚(うおんたな)は地元の新鮮な魚貝類を扱う店が軒を連ねる商店街で、少し時間が早かったので、皆さんに散策し
てもらうことになりました。ブラブラ歩きながら試食をしたり、買い物をしたり、ときには売り手を冷やかしながら、
それぞれ自由時間を楽しみました。冬の明石の蛸は小ぶりで軟らかく、夏には泉州沖で捕らえられるそうです。
 「浪花」さんは、板前さん始めお店の方は親切で、早速ビールやお酒の注文にかいがいしく応じて下さり、各テーブ
ルから乾杯の声がひびきました。口に入ると吸盤が吸い付くような刺身。飲み干してしまうほど出汁の美味しい蛸シャ
ブ。最後は蛸稲荷に舌鼓を打つ頃、満腹、満足顔の皆さんがすっかり出来上がりました。今日一日のハイキング、歴史
探訪、プラスαの楽しかったことを胸に、笑顔でそれぞれの帰路につきました。
蛸、蛸、蛸、美味しかったです。柴田記

                    記:紀伊埜本節雄、柴田弘子 写真:小椋勝久、上原進一、紀伊埜本博美

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