オプション例会No.119  南ア・光岳(2591m)例会記録
概要 『南アルプスの最南端に位置します。大方の登山者が登り残している山。但し、百名山が故に夏は満員だそうです。』
 
日時 2009年9月26日(土)〜28日(月) 
天候 9/27:晴れ 9/28:晴れ後曇り
担当 紀伊埜本節雄、長瀬茂正
集合 9/26 11:00 新幹線新大阪駅
行程 新大阪⇒豊橋⇒平岡(伊那)⇒(タクシー+マイカー)易老渡〜易老岳(2354m)〜光小屋(無人・泊)
〜光岳往復〜易老渡⇒(タクシー+マイカー)平岡⇒新大阪
参加者 笠松マサヱ、柴田弘子、田中智子、紀伊埜本博美、川守田康行 ・・・ 計7名
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9/26 18:07 龍泉閣(今夜の宿)
にて、温泉につかってから乾杯。
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9/27 6:35 易老渡に
到着、出発の準備。
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6:52 駐車場からすぐ
登山口、登山届を投函。
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8:35 面平に・・・桧の大木が多い。
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11:48 易老岳直下の急登。
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12:07 5時間の登りで、易老岳に到着。
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12:23 易老岳頂上(2354m)、眺望は全くない。
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12:27 樹林の間より、やっと目的の光岳が目前に・・・
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14:29 イザルヶ岳(2540m)横の
ゴーロの谷筋を詰め光小屋への最後の登り。
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14:47 静高平に・・登りから開放されやっと笑顔が。
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14:53 光小屋手前の水場に水は全くない。
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14:57 光小屋前の木道を行く。
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15:10 光小屋に到着。
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15:58 広々として気持のいい室内。
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9/28 5:10 ヘッドランプの灯りの元、光岳頂上へ。
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5:17 風は強いが、山頂からの眺望を楽しむ
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5:40 御来光を待つ。
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富士山の横より待望の太陽が昇る。
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中央アルプス方面を望む。
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5:55 光岳小屋を出発、下山の途に。
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7:21 三吉ガレにて地図を見ながら中ア、北アの遠望。
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7:23 三吉ガレにて休憩中。
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9:05 易老岳からの長い下りの最後の休憩にお茶を入れる。
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11:16 易老渡に下山。
     

 南アルプスの最南端にあるのが光岳(2591m)である。興味があるとすれば、その程度
で、正直なところ若い頃には見向きもしなかった山である。そのうえアプローチは極めて
不便で、静岡県の大井川の奥にある寸又峡から、さらに2日もかかるとなればどうしよう
もない。もっとも、その頃は盟主北岳(3193m)でも同じようなものであったが、、、。
 光岳が取り組み易くなったのは、百名山ブームの恩恵であろう。いつの頃からか、長野
県側の遠山川の林道から登山道が開かれたのである。また、山頂の下には静岡県営の立派
な山小屋が立てられている。営業は9月半ばで終わるというので、その後はどうやら自分
たち好みの静かな山になるだろう。申し訳ないが、まことに勝手な目算である。
 第一夜は、JR飯田線平岡駅構内に併設された宿泊りである。翌早朝5時、予約したタ
クシーとN君の車に分乗して易老渡まで入った。ここから易老岳(2354m)まで、尾根筋
をストレートに高度差約1500mを登ることになる。今年は9月に入って、久しく雨らしい
雨は降ったことが無い。山小屋付近の水場は枯渇していると予測して、各自持ちの飲料水
は最低1.5L、他に共同用水として14Lを担ぎ揚げることにした。この重荷でこの高度差
は苦しいピッチである。予定通り5時間を要したが、女性にはカラカラに乾燥した山で蛭
に襲われることのない方が、よほどうれしかったようである。光小屋までさらに3時間を
費やした。小屋には先客が3名居られたが、山小屋は吹き抜けの立派な2階建で、階下は
我々7名の使い勝手となる。時刻はまだ午後3時を回ったところだから、ゆっくりの晩餐
となる。一日の激しいアルバイトのあとの寛ぎ、これほどの贅沢はないだろう。
 翌朝も4時起床、5時までに山頂に向かう。真東に富士山のシュルエットがくっきりと
浮かぶ、風は強いが視界は良さそうである。山頂の南西下に山名の由来となった光岩が見
える、が山頂の周囲は樹木が重なりご来光は拝めそうもない。急いで小屋まで下る。やが
て眼前に見事な光景がひろがる。富士の背景が徐々に曙に染まり、おやおや、このまま明
るくなってしまうかと思った瞬間、予期もせぬその下から真っ赤な太陽が現れ、ぐいぐい
と登ってくる。まさに固唾を呑む一瞬である。長い山行きのなかで、これほど素晴らしい
ご来光は観たことがない。特別な信仰はなくとも、これはもはや神々の世界である。
 下山はただ登路をひたすらに下る。遠山川といえば、40年前まで森林軌道車が牽かれ
ていたという。故岸本浩君が、遠山川を遡り聖岳まで直登したとき、軌道車に便乗できた
のだろうか。その軌道車が、秋葉街道の傍らに寂しく展示されていた。タクシーを止めて、
車中からただ黙視する。思えば、彼は学生の頃ひとりで遠山川の源流を行ったという、や
はりどこか偉い男である。私は今にしてようやく、このような山がいとおしく思うのであ
る。焼岳(北ア)、恵那山(木曾)、越百山(中ア)、常念岳(北ア)いずれもここ数年、
EPEの例会で取り上げてきたのがこの種の「端っこ山」である。光岳もその連番に違い
ない。ただ早い話が、登り残した山が気掛かりなだけかも知れないのだが。
 今回も天候の予測から出発日を1日前にスライドした。これがまたも幸いしたと思う。
でも、スライドしたのが原因ではないが、それぞれの理由から3名ものアラセブ(70才
代)仲間が不参加となる。まことに残念である。同好の士は一人でも多い方がうれしい、
忘れないで欲しい。また次回もあるよ! 頑張りましょう。
                (記:紀伊埜本節雄 写真:長瀬茂正、川守田康行) 

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