一般例会No.410

住吉川より六甲最高点へ 例会記録

概要

『五助ダムを越えたあたりは、水量豊富な水草のある湿地帯です。そんなに広くはありませんが、なかなかきれいな処です。ハイカーにもあまり出会わないと思います。』

日時

2015年7月12日(日)

天候

晴れ

担当

翁長和幸、小椋勝久

集合

8:00 阪急梅田駅3F改札口前(8:20発神戸線特急・新開地行に乗車(西宮北口乗換)8:46御影着)

行程

御影~住吉川~五助ダム~七曲がり~六甲最高点~石の宝殿~土樋割峠(どびわりとうげ)~東お多福山登山口バス停⇒阪急芦屋川駅

参加者

青木義雄、牛山友幸、牛山恵美子、池田える子、飯尾廣子、岡本佳久、磯辺秀雄、和田都子、藤田喜久江、野原勇、寺島直子、笠松マサヱ、寄川都美子、小川眞裕美、保木道代、安本昭久 ・・・ 計18名

8:40 炎天下での出発。

昭和17年の水災記念碑。

五助ダムの木道を行く。緑がいっぱい。木道の下はきれいな水が流れている。

五助谷出合いの少し上あたりで40~50cm位の魚を発見。六甲山でもこんな大きな魚が。

住吉川コースでは、こんな急な登りも。

12:00 いよいよ七曲りの急登へ。気合を入れる人も。

もう少しで一軒茶屋。

一軒茶屋着

13:05 六甲山最高点着。ここでランチタイム。

蛇谷北山の登り。最後の登りと思うと、少しの登りでもつらい。

14:50 土樋割着。ここで江戸時代に水争いが。

15:20 東お多福山登山口バス停着

 梅雨の晴れ間の例会となりました。まだ9時前というのに改札を出ると、もう既に暑い。炎天下での出発となった。

 街なかの途中で水災記念碑というのが目についた。昭和13年7月阪神大水害が起こり、この記念碑の台座まで水がきたと記されている。住吉川の川底はこの碑より20m位下にあり、川幅は30から40m位はあると思われる。ここがすべて水であふれ、更に道路まで冠水したというのだから、大変な水害であっただろうと思われる。街なかを離れ少し行くと五助ダムに出る。春先であれば水面に水草が少し出て五助谷出合いの全体が見渡せる。小さな水郷のような雰囲気が味わえるのだが、今の時期では水草が大きく成長し、水の流れが見えない。水郷のようなムードはなかった。

 五助谷出合いの少し上で驚くものを発見した。幅、奥行きとも7~8mの流れがよどんだ所に40~50cm位の魚を見つけた。水中なので少し大きく見えたのかもしれないが、六甲山でこんな大きな魚がいるとは驚きだ。雨ヶ峠コースと合流したあたりからハイカーが急増してきた。15~20人パーティが連なっている。我々の各駅停車パーティは急行パーティに何度か道をゆずり一軒茶屋へ。六甲最高点についた頃は、太陽は雲にかくれていたので、少し暑さはしのげるがムシムシする。ズボンは腰から、もも辺りまで汗に濡れて色が変わっている。ここでランチタイムとする。

 観音様の石仏がある石の宝殿から土樋割(どびわり)へ。土樋割とは変わった地名だとは思っていたが、参加者の磯辺さんに、そのいわれを教えてもらった。「その昔、芦屋川流域の住民が水に困り、この峠を越えて住吉川から水を引くため土樋(土のとゆ)を通した。この事が住吉川流域住民の知る所となり、住吉川住民が土樋を割って壊した事から水争いになった。大坂町奉行まで巻き込んで大騒動になったらしい」と。

 土樋割から林道を東お多福山登山口バス停へ。普段はバス待ちの人はあまりいないのだが、今日はたくさんの人が待っている。今日の六甲山は大勢のハイカーで賑わっていた。何かイベントがあったのかも。バスの運転手は満員の為、次のバスに乗れと言うが、むりやり押し乗った。超満員でもバスの中は涼しかった。

記:翁長 写真:小椋(勝)、翁長