一般例会No.548

播磨・的場山(394m)例会記録

概要

『相撲の神様(野見宿禰)が麓に鎮座する的場山を登り、併せて緊急時対策講習を行います。』

日時

2018年3月25日(日)

天候

晴れ

担当

野原勇、山倉康次

集合

8:15 JR大阪駅中央改札口前(8:30発 新快速・姫路行き乗車、9:33姫路駅着 乗り換え 9:46播磨新宮行き乗車、10:09本竜野駅下車)

行程

JR本竜野駅~龍野城~的場山~野見宿禰神社~童謡の小径~JR本竜野駅

参加者

三原秀元、近藤さとみ、寺島直子 ・・・ 計5名

10:15 本竜野駅で本日の予定説明

駅前通りに設置された 童謡赤とんぼの銅像

10:30 揖保川を渡って龍野城へ向かいます

たつの市では龍野ひな祭りが3月25日まで開催されており各民家で、通りに向けお雛様が飾られています

三木露風の生家を訪ねてみました

露風生家に飾られていたひな人形

10:50 龍野城内へ

現在の龍野城内にて休憩

龍野城から鶏籠山(龍野古城)へ入山、小動物除けの柵がめぐらされていました

雑木林の中の登りは結構きついのぼりです

戦国時代、赤松一族で築かれたこの城が滋賀湖北の小谷城の配置、後面の地形がおおよそ似ているように思われました、1598年に現在の位置に城を移築されたようです。

11:40 城跡を後に的場山へ向かいます

的場山中腹は結構きついのぼりです

12:23 的場山山頂にて

下山途中にある野見宿禰墓

下山途中龍野城を望みます

下山後、童謡の小径を訪ねてみました

この前に立つと赤とんぼのメロディーが流れます

赤とんぼの詩を解説

月の砂漠を通過

つつじはまだツボミでした

童謡の小径最後は、七つの子でした

龍野の街並みを駅へ向かいます

揖保川を渡ります、中国山地の戸倉峠付近からの雪解け水で水量は多いが澄んでいました

今日登った鶏籠山と的場山

14:25 本竜野駅に到着、ここで解散しました。

 今日は大相撲春場所の千秋楽。千秋楽に合わせ相撲の神様「野見宿禰」(のみのすくね)を祀る神社を訪ねる例会を企画しました。なお的場山の属する龍野市の名称自体が野見宿禰に関係しています。大和から故郷出雲への帰途この地で病死した野見宿禰を葬るため、出雲から多くの人が駆けつけ川から石をリレー式に運んで墓を立てたそうです。その時の野に人々が立ち並んだ姿から「野に立つ人➡立野➡龍野」となったということです。また龍野市といえば「赤とんぼ」の作詞者三木露風の生誕地。駅前には三木露風の銅像が立ち、マンホール蓋も赤とんぼ、至る所に露風と赤とんぼが現れます。今日は「龍野ひなまつり」の最終日で多くの家屋で「おひな様」が飾られていました。見ているだけで楽しくなります。

 山に登る前に「三木露風生家」見学。説明書を読んでいると両親の躾の厳しさが伝わってきます。保育園の入園申請書をわずか4歳の露風に一人で持っていかしたということです。その他多くのエピソードが紹介されています。興味のある方は訪ねてみてはいかがでしょうか。また「赤とんぼ」作詞者三木露風の亡くなった日が昭和39年12月29日、作曲者山田耕作が亡くなった日が翌年の同月同日、偶然でしょうが二人に不思議な縁を感じます。

 龍野城の奥にある登山口から二の丸跡まで急登が続き、鶏龍山山頂(本丸跡)で小休止。その後一旦両見峠まで下降、ジグザグの登りを経て的場山山頂。南面に龍野市街や揖保川の眺望が広がっていました。三角点横で昼食大休止の後、野見宿禰神社に向け下山開始。事前にネットで情報を得ていたので推測できましたが下山口がわかりにくい。入ってしまえば迷うことのない急坂の一本道。野見宿禰神社は石の扉で固く閉じられていました。石の扉も珍しいが、扉には出雲大社宮司の家紋が彫られており故郷出雲との深いつながりが分かります。また東京都内にも野見宿禰神社が建立されていて、ここには歴代の横綱が参拝されているそうです。石段を下った所の展望台で眺望を楽しんだ後、赤とんぼ、夕焼け小焼け、月の砂漠、七つの子など8曲のメロディーが流れる「童謡の小径」を経て、龍野市街を散策しながら本竜野駅に帰着。今日は天気も良くゆったりとした登山日和でした。

記:野原 写真:山倉