オプション例会No.257

大平良山(458.3m)~日計山(421.1m)
歴史探訪シリーズNo.39 +アルファNo. 23 例会記録

概要

『柴田勝家と豊臣秀吉が覇権をかけて戦った賤ヶ岳の合戦 第2弾 余呉湖周辺の山城を訪ねます。宿は柴田勝家が建てた茶屋をそのまま利用した民宿です』

日時

2018年4月7日(土)~8日(日)

天候

4/7:曇り 4/8:曇り時々雪

担当

小椋勝久、野原勇

集合

4/7 7:30 JR大阪駅中央改札口前(7:45発新快速・敦賀行き乗車、9:37近江塩津駅着)

行程

4/7 余呉駅⇒泊地~権現峠~大平良山~公法寺山~飯浦切通し~賤ヶ岳~大岩山~江土登山口~泊地

4/8 泊地⇒日計山登山口~日計山~西岡城址~城山登山口~城山東峰~城山登山口~日計山登山口

参加者

村木正人、村木とも子、近藤さとみ、黒澤百合子、小椋美佐 ・・・ 計7名

4/7 9:50 今夜の宿「民宿 文右エ門」前にて、出発前のリーダー挨拶

権現峠へのなだらかな登り

10:38 権現峠到着

このルート、見上げたくなるような巨木が多い。

11:18 大平良山頂上到着、三角点タッチ

タムシバの木が多く、ルート沿いには花びらが至る所に散っていました。

いつ頃の傷痕か? 幹に熊の爪痕が残っていました。

12:15 余呉湖と琵琶湖を繋ぐ主要な峠道「飯浦切通し」到着。20分の昼食休憩。

賤ヶ岳へ向けスタート

12:50 賤ヶ岳頂上、羽柴秀吉と柴田勝家が雌雄を決した戦いが行われ、この合戦に勝利した秀吉が天下人への階段を上っていきます。

青空であれば見事なはずだが生憎の曇り空。満開の山桜も雲がバックでは全く色が映えない。

13:45 「猿が馬場」通過

13:48 この地で最期を遂げた中川清秀の「首洗いの池」、一人では訪ねたくない場所だ。

14:04 中川清秀の墓の前で、小椋リーダーの歴史講談を面白おかしく拝聴しました。

下山開始

14:50 賤ヶ岳登山口到着、お疲れ様でした。

近江牛を使った料理に舌鼓を打つなど、楽しい夕餉を過ごしました。

1日目
 雨の可能性があり1日目はエスケープルートの多い大平良山に変更し今回の例会を開始した。曇り空の下 泊地 文右エ門の駐車場に駐車し権現峠へと向かう。
しばらく余呉湖畔、川並の村中を歩き余呉トレイル登山口へと向かう、登山口からしばらく歩くと林道出合に着く、ここから北に行けば茂山城跡だが今回は南方行に進路を取り権現峠へと向かう。権現峠は余呉から塩津へ向かう旧街道の峠で当時はかなり賑わっていたらしい又、賤ケ岳の戦では利家がここから反転し福井へと向かう場所で前田家の裏崩れとしても有名だ。権現峠からは快適な尾根道になり山桜、タムシバを眺めながら一時間ほど歩くと大平良山に到着。山頂は展望がなく雨も降りそうなのですぐに出発。
大平良山からしばらく歩くと公法寺山に着く、ここからは遊歩道となり飯浦切通しへの急坂を下降し賤ケ岳へと向かう。前回は切通しから佐久間軍の退却路を泊地へと向かったが今回は切通から賤ケ岳山頂へ向かう。山頂には桜の古木が有り満開で圧巻だ。しばらく休み下山する。途中歴探恒例の講和を大岩山で行い下山後、湖畔の遊歩道を歩き泊地へと向かう。
泊地、文右エ門の夕食は相変わらず豪華だ。鯉の甘露煮、洗い、鯖の馴れずし、近江牛のすき焼き、琵琶湖の珍味等々で満腹 食べすぎのおなかで眠りにつく。

4/8 8:30 日計山登山口直ぐ側の県道脇に駐車。

8:43 登山開始

よく踏まれた登山道を登る。

9:30 日計山頂上、三角点タッチ

余呉湖周辺の山はこのような巨木が多い。

10:25 301mピーク。三角点標石の方角について談義あり。調べると基本的には「〇等三角点」と刻まれている方が南側だが外れている三角点も数多く存在しており、結論として三角点標石から方角は判断できないということです。

城山登山道のある林道へ向け急降下。林道に到達する直前に有害獣捕獲の「ククリ罠」が仕掛けられていました。うっかり踏んでしまえば大変なことに。注意が必要です。

11:40 林道到着、城山登山口を城山に向け登ります。

12:15 城山頂上到着

頂上から続く南側の林、大峰を連想するのどかな景色が広がっていました。

帰路は林道を辿り、登山口へ戻りました。

13:03 西尾根取り付き、標識もテープ類もなくいったり来たり。適当な坂を強引に登る。

県道に向け、急坂の踏み跡を下ります。

13:33 県道出合のゲート到着

県道を北上し桜並木を目指す。

13:45 桜並木から見上げた日計山。2名がデポした車に先行。今回は天気が猫の目のように変化する例会でしたが、豊かな自然を満喫できた山行でもありました。

2日目
 夜中寒冷前線が通過したため今日は少し冬型の気圧配置。
泊地から車で日計山登山口へ、路肩に車を止めみぞれが降る中しばらく歩き県道から登山道に入る。関電道を歩き尾根道に出るころには雪へと変わり吹雪いてくる。思ったほど道は悪くなく雪の中日計山へと向かう。日計山に着くころには雪も止み晴れ間ものぞく。
日計山で少し休憩をし先を急ぐ。西岡城跡へと向かう快適な尾根道を歩いていると突然、堀切が現われる。かなり深く、尾根からは行くことができないので迂回し城跡へ、しばらく主郭跡を見学し岩熊城跡へ向かう。途中P326で昼食をとり道か道でないような登山道を下降し林道出合いへ。舗装林道出合いからP415へ、小雪がちらつく中、最後の急登をゆっくり登り山頂へ。
山頂からひっそりと佇む岩熊城址方面を眺めた後下山し林道から登山道に入り山門の集落へ。集落から県道を歩き車を回収し近江塩津駅へ向かい解散する。

西岡城、岩熊城ともに関東から地頭として補任してきた熊谷氏が作ったものとされていますが、天正11年の賤ケ岳の戦いで丹羽長秀により改修されたのではと言われています

記:小椋(勝) 写真:野原