オプションNo.398 |
鈴鹿・鞍掛峠~霊仙山(1083.5m) 例会記録 |
概要 |
『鈴鹿山脈の最北部を歩きます。2日目に登る尾根の各ピークには地図上山名がありません。さて山名板があるでしょうか。』 |
日時 |
11月9日(土)~10日(日) |
天候 |
11/9 晴れ |
担当 |
杉本、前田 |
集合 |
11/9 7:00 JR大阪駅中央改札口前(7:15発 新快速・近江塩津行に乗車⇒彦根駅8:35着下車) |
行程 |
11/9 彦根駅⇒(タクシー)鞍掛トンネル西口~鞍掛峠~三国岳~ダイラの頭~東ヨコネ~五僧峠(泊) 11/10 泊地~P656ⅿ~P746ⅿ~P872ⅿ~谷山~霊仙山~汗ふき峠~今畑登山口 |
参加者 |
上野、大森・・・計4名 |
11月9日9:50 鞍掛トンネル西口 駐車場は車で満杯だった。リーダーより出発前の挨 |
10:40 鞍掛峠 ここから南(御池岳)へ行く人が多い。北へ向かう(霊仙山)のは我々だけだった。 |
木々の葉っぱが半分ぐらい落とした先に、霊仙山が見えた。 |
12:10 三国岳最高点。今日は天気が良くて、遠くに恵那山や御岳が見渡せた。 |
霊仙山の右側に船底のような形をした伊吹山が見えた。 |
三国岳山頂で昼食をとる。 |
落ち葉が積もっていて、急斜面は滑りそうになり木々を掴んで登った。 |
東ヨコネ、今迄歩いてきた三国岳方面を振り返った。 |
黄色く紅葉した道を歩いた。 |
16:30 五僧峠にテントを張った。1600年関ヶ原の合戦に敗れた、島津義弘一行はこの峠を越えて甲賀から堺に出た。この峠を島津越えとも言い、島津藩ののぼりが立っていた。 |
鞍掛トンネル西口でタクシーを降りると駐車場は御池岳方面に登る人たちと思える車で満杯になっていた。駐車場にいた人の話では皆さん紅葉を目当てに来ているようです。鞍掛峠まで登ると御池岳から下山してくる人達とすれ違う。私たちは今晩の宿泊地の五僧峠に向けて北へ行く。途中で二人連れにあったが縦走する人はいないようで道は踏み跡程度になって消えている所もあり下りになるとしっかり地図を確認しないと予定ルートから外れてしまう。このルートは急登、急下降が連続し特に東ヨコネの登りはルートが消えて藪状態で結構疲れる五僧峠まであと少しの気持ちも手伝って今日一番のしんどさだ。15時40分頃に五僧峠に到着しここでテントを張る。五僧峠の五僧は五人の僧がすみついたのでこの名が生まれたそうです。また関ヶ原の合戦に敗れた島津義弘が通ったので島津越ともいわれています。最近テレビでも放映されたので島津の紋章の幟も立ててあった。今は廃村になって朽ちた家屋があるだけとなっている。 |
11月10日7:30 五僧峠を出発して直ぐに急登が続いた。 |
登ったと思えばすぐ下りの連続で、ちっとも高度が上がらない。 |
所々道がわからなくなり、地図と磁石(スマホ地図)を見ながら進んだ。 |
木々の向こうに霊仙山を見ながら登った。 |
やっと尾根を登り切って谷山に着いた。 |
霊仙山の避難小屋が見えてきた。 |
天気が急変して風が吹きだしてきたので、避難小屋に入って防寒具とカッパを着た。 |
強風の中、石灰岩の道を登って行った。 |
13:30 霊仙山の山頂に到着。ガスって何も見えないので、すぐ下山をした。 |
少し下ると風がおさまったので、カッパを脱いだ。 |
この後今畑に降りたが、タクシーを呼ぶにも電波が届かない。仕方なく林道を彦根方面に向かって歩いた。 |
17:00 林道を歩いていたら登山者の車が通り、運よく彦根駅まで乗せてもらった。彦根駅で解散をした。 |
今日は霊仙山に向けての尾根道になる。五僧峠からいきなりの急登になり、上り下りが連続する。一山二山を越えてもほとんど高度を稼げない。今日のルートは昨日以上に踏み跡がない。尾根上を忠実にたどらないととんでもない所に行ってしまう。下りは地図とのにらめっこだ。少し下っては地図を確認し少し下っては地図を確認する連続で、なかなか進まない。750ⅿ位の高度からは急登ながら順調に高度が稼げてやっと谷山のピークに着く。4丁横崖付近に霊仙山周辺で数カ所がけ崩れが発生し通行止めの箇所があると注意板か掲げられていた。雨が降り出し風も強くなってきたので避難小屋に入る。13時10分霊仙山に到着。ガスで何も見えない。下山ルートは西南尾根を予定していたが、強風と疲労が重なって汗ふき峠経由で今畑に下山とした。今畑まで降りたもののタクシーを呼ぶにも携帯の電波が届かないので、電波の届く所までと歩いていると下山してきた方の車に彦根駅までありがたく便乗させてもらいました。ありがとうございました。
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記録:杉本 写真:前田 |